サントリーホールディングス(HD)の国内アルコール事業に元気がない。2020年は新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外食向けの不振でビール販売量は前年比11%減と低調。家庭向けが大半の得意のチューハイが思うように伸びなかった。しかも近年は目立ったヒットもなく、他社の後追い的な商品戦略が目立つ。しびれを切らしたのか、20年末には佐治信忠会長が異例の檄文(げきぶん)を社員にメールで送付。社内には緊張感が走っている。
佐治会長は定期的に社内メールを送るが、20年末の内容はオブラートに包みながらも厳しい内容だった。「昨日のマケ・プランはよく考えられていたが、その上で来年(21年)はコロナ禍の中、いやコロナ禍だからこそ、サントリービール事業のステージを変えるチャンスだという気持ちが強くあります。勘と言っても良いでしょう。…常識の壁を破り、ステージを変えるチャンスや!如何(いかが)?」
「今年は大変厳しい業績になります。しかしこの『ストレス』を2年続けて味わうわけには絶対にいきません。…来年は私たちにとって、『やり返す』『やり返さねばならない』1年なのです」
まるでテレビドラマ「半沢直樹」に出てくるような言い回しだ。佐治氏は会長となってからは国内外の業務執行を新浪剛史社長や鳥井信宏副社長に任せてきた。そんな佐治会長がいつも気にするのは巨大化したサントリーHDが官僚化し、大企業病に陥ることだ。
ビール事業の赤字に長年苦しんだサントリーが「ザ・プレミアム・モルツ」の成功で黒字化したのは08年。この年はハイボールブームも演出し、飛躍の年となった。07年の年間売上高は1兆5千億円弱で、会計基準の変更により単純比較はできないが、19年には2倍近くに膨れ上がった計算だ。
清涼飲料を手掛けるサントリー食品インターナショナルの上場(13年)、米国のビーム社買収(14年)と国内外で基盤を固めた佐治会長が、新浪氏に社長を譲ったのは14年。最大の狙いは「外来種」を招き、組織が硬直化しないように社内に緊張感をもたらすことだ。
順調に業績を伸ばしているように見えるが、実はビールを中心に大きなヒットは生まれていない。例えば第三のビール。キリンビールが「本麒麟」を発売したのが18年。味の良さと、当時としては珍しい赤色のパッケージの斬新さで大成功を収めた。
「やってみなはれ」の言葉で有名なサントリーは発泡酒を先駆けて出したり、ハイボールを成功させたり、独自性が強みだ。しかしキリンビールが再生に向かうと19年に同じような赤い缶の「金麦ゴールド・ラガー」を投入する。しかも今年の事業戦略説明会で打ち出した新商品は、キリンがすでに昨年に投入した糖質ゼロのビール。らしくない。
創業一族の鳥井副社長は「20年は業務用の不振が痛手だった。チューハイは伸びたが、市場の伸び率を下回っている。見通しが甘く、勝った感じはしない」と話す。ちなみにキリンは市場の成長率を超えている。後追いについては「糖質ゼロビールは19年には用意していた。しかしキリンが早かった」と率直に認める。
サントリーHDではこうした反省を踏まえて、1月1日にグループ戦略・改革本部を設置した。トップについたのは将来の総帥最有力候補である鳥井副社長だ。「昔気質の古いサントリーと海外事業などを進める新しいサントリーがある。両方のバランスが大事」と話す。要するに巨大グローバル企業になったサントリーは堅実さが強まり、やんちゃな気風も取り戻す必要があるということだ。
かつては創業一族が陣頭に立ち、顧客や市場を起点としたマーケティング経営だったサントリー。今は全体バランスを重視している。過去の成功体験が強いと、意思決定の早い創業一族経営でも後れを取る。新たな価値を提示できない企業に成長はない。
(編集委員 中村直文)
最終更新日:1/30(土)10:00 日本経済新聞 電子版