同業他社に転職ダメ 職業の自由は

「退職時、同業他社に転職しないという誓約書にサインしてしまった…」。福岡市の50代男性から、こんな投稿が西日本新聞「あなたの特命取材班」に寄せられた。調べてみると、憲法が職業選択の自由を保障する一方で、会社は内部情報の流出を防ぐため、社員に競合企業への転職を禁じる「競業避止(ひし)義務」を課すことができるという。雇用の流動化が進む中、義務はどこまで認められるのだろうか。 (新垣若菜)



 男性は10年近く働いてきた映像制作会社をこの春、辞めることにした。退職日が迫る頃、役員と顧問弁護士に呼び出され、誓約書を突き付けられた。

 「会社の承認がない場合、退職後1年間は福岡県や隣県、東京都などで同業種の仕事をしない」-。同業他社への就職のほか、起業も制限する文面だった。

 「社内外の情報を漏えいさせないため」と説明を繰り返す会社側。勤務中に得た情報などについて、守秘義務があるのは理解していたが、転職制限には納得できなかった。30年以上、この業界で経験を積んできたから、別の業種への転職は考えられなかった。

 「職業選択の自由があるから…」。その場での署名を拒否し、「自宅に一度、持ち帰って考えたい」と申し出たが、役員は「それじゃ困る」と繰り返す。半ば強制的にサインさせられた。今も後悔している。

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 競業避止義務は、労働契約法の中で示されている考え方。国は会社が社員に義務を課す際、有効となるポイントを挙げている。

 (1)対象となる従業員や退職者は、企業情報に触れる地位や立場にあるか。

 (2)会社が守りたい情報は、取引先や顧客の情報、独自の研究内容や製造技術など、企業秘密として取り扱うのが適当なものか。

 (3)社員が退職後、同業種に就く際の地理的な制限や、就業を禁じる期間の長さは妥当か。

 (4)会社は何らかの代償措置を取っているか。

 (1)~(4)は1970年の判例をはじめ、その後の司法判断も参考にしてまとめた考え方。ただ、実際の訴訟では、義務の設定が有効かどうか判断が割れている。

 社員が機密情報に接する立場にあったかが争われた事例で見ると、東京地裁が2010年、「従業員がアルバイトの身分だったことは競業避止義務契約の合理性を左右するものではない」とし、義務を設けることの必要性を認めた。

 一方、執行役員が原告となった訴訟で同地裁は12年、「高い地位にあったが、機密性のある情報に触れる立場ではなかった」と判断した。地位や雇用形態でなく、実際に企業情報に接していたかを重視した形。これ以外の争点でも判断は分かれている。

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 福岡県社会保険労務士会の柴田雄祥副会長に聞くと、企業は義務を無制限には設定できないが、合理的な範囲なら認められることもある。例えば情報にアクセスできない立場だったのに、退職後に同業種に就けない期間が長いケースなどは、裁判で無効となる可能性があるという。

 社員が退職時、会社と文書を交わす際も注意が必要。会社が誓約書に署名を強制したり、就業規則などで示していないのに退職金を減額したりすれば、不適切と判断されかねない。

 柴田副会長は「社員が会社からの求めで誓約書にサインすると、撤回や取り消しに理由が必要となり、厳しい立場に立たされる。持ち帰って検討するのを徹底してほしい」と助言した。

 福岡の男性は結局、会社から金銭支払いなどの代償措置を受けられないまま退職した。同業他社から誘われたが、誓約書が頭をよぎり、不本意ながら「今すぐは厳しい」と断った。生活のため入社を決めた別業種の職場では、これまでより給与が2割ほど減るという。

 憲法が職業選択の自由を保障する一方、競業避止義務でキャリア形成や生活が脅かされたことに、男性は疑問を募らせる。

 「企業と個人が相対するときは、個人がどうしても不利になる。転職を考える後輩たちに同じ思いはさせたくない。会社が転職を阻むような理不尽な要求をすることは、あってはならないと思う」と話した。

最終更新日:8/7(月)14:49 西日本新聞

引用:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6471532

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