24年問題 建設業の深刻な人手不足

建設業界が「2024年問題」に揺れている。時間外労働に対する上限規制が来年4月から厳格化されるからだ。業界では就業者の減少や高齢化が進んでおり、時間外労働への規制が厳格化されれば1人当たりがこなせる仕事量が減少するため、人手不足にさらに拍車がかかる。大手、中堅企業は待遇の大幅改善や学校への売り込みなどで人材確保を図るが、下請け、孫請けの中小、零細企業の対応は容易ではなく、多くの企業が倒産の危機にさらされるとの指摘もある。



■40分で完成に学生感嘆

「おおー!」

部屋に集まった学生が、3次元CAD(コンピューター利用設計システム)を操り素早く図面を作成する男性の腕前に感嘆の声を上げた。作業の様子を披露したのは、飯田グループホールディングス傘下の住宅メーカー、一(はじめ)建設(東京)の社員。「だいたい、40分ぐらいで完成します」と説明すると、今度は学生たちの「ええー!」とのどよめきが起きた。

これは6月上旬、一建設が大阪府内で開催した、工業高校の3年生の生徒向けに行った事業紹介イベントでのひとこまだ。同社の住宅設計の担当者が実際に図面を引く様子を公開し、生徒らはその技術を食い入るように見入っていた。

その後、設計業務の説明を行った多田和志・設計部長はスーツに白いTシャツというさわやかないでたち。「少し〝デザイナー〟っぽくしてみました」と照れ笑いを見せたが、それにも意味がある。学生らに住宅の設計業務に対して、より良いイメージを持ってもらいたかったためだ。

イベントも一建設側から学校に実施を呼び掛けた。建設業界では「若い人材は企業間で取り合い」(多田氏)になっている状況で、設計士の業務の楽しさを知ってもらいつつ、企業の認知度も上げる思惑があったという。成果は上々だ。参加した男子生徒の一人は「実際に企業で設計を行っている様子を見られることはなかったのでうれしかった。みんなに喜んでもらえる家を設計できるようになりたい」と笑顔で語った。

■新入社員の年収17万円増

建設関連企業は今、若い人材の獲得に必死になっている。その背景には、同業界が直面する2024年問題がある。

建設業界の2024年問題とは、来年4月から時間外労働をめぐる上限規制が厳格化されることによって起きると予想される、深刻な人材難だ。政府は令和元年に始めた働き方改革で残業規制を強化したが、就業者の高齢化や、就業人数の減少が進み、長時間労働が常態化していた建設業界は対応に時間がかかるとして運送業などと並んで、5年の猶予を与えられた。

そして適用まで1年を切った。適用されれば、従業員の時間外労働の上限は月45時間、年360時間が原則となる。1人あたりの労働時間の削減となり、従来の業務をより多くの人数でこなさなくてはならない。そのため、人材不足に拍車がかかることが確実視されている。

若手の人材確保に向けて、思い切った手段に打って出た企業もある。積水ハウスだ。同社は5月下旬、グループの積水ハウス建設において、住宅建設に携わる大工の採用人数を今後2年間で3倍超に増やし、給与も大幅に引き上げる方針を発表した。若手の大工を増やしつつ、待遇も改善することで、人材の獲得競争に〝先手〟を打つ狙いだ。

積水ハウス建設では5年4月に高卒など39人の大工が入社したが、その人数を段階的に引き上げ、7年4月は3倍超の133人の入社を目指す。給与面でも、5年4月入社の新入社員の年収を前年比で最大11%(約17万9千円)増やした。さらに工事責任者は、これまで30代で500万~600万円程度だった年収を、6年4月から最大1・8倍の約900万円にする計画だ。

若者が受け入れやすいよう仕事のイメージチェンジも図る。社内における大工の呼び名を「クラフター」などに変更。制服も若者に人気の洋服ブランドのデザインを採用した。さらに完全週休2日制、男性育休取得率100%などを徹底する。

新設住宅の着工件数は近年、横ばい状態が続く。住宅需要が底堅い一方、若手の採用が先細れば、供給が支えられなくなるとの懸念があり、好待遇で人材を確保したい考えだ。

■中小、零細は対応困難

IT技術を活用した業務の効率化で、人手不足に対応しようとする試みもある。大和ハウス工業は建設現場で自走してねじや木くず、砂利などを掃除できるロボットを開発し、今年度中に共同開発企業とともに、計30台を現場に導入する。また鉄骨の支柱を溶接できるロボットも開発を進めている。

大和ハウスは自社では、大工など現場の職人を雇用していない。一方、下請け企業が人材を雇用しやすいよう、独自の補助金制度を導入する。基礎工事や外装を手がける技能者に対しては、1年間にわたり毎月7万5千円を拠出しているほか、人材育成面でもオンラインでの技能教育などを、下請け企業の若手社員らに実施している。

ただ、給与アップやIT化などを推し進められる大手と異なり、経営体力に乏しい中小や零細企業が2024年問題に対応策を講じるのは容易ではない。

東京商工リサーチ関西支社情報部の瀧川雄一郎氏は「業界を支える中小、零細企業は社員を増やすことが困難で、仮に増員できても、それに見合う案件を獲得できるかは不透明。親会社に対して受注単価の値上げを交渉することも容易ではない。建設業界の中小、零細企業は今後、倒産が増大する事態が避けられないだろう」と指摘する。建設業界全体を取り巻く状況は、今後さらに厳しさを増すとの見通しを示している。(黒川信雄)

最終更新日:7/24(月)14:06 産経新聞

引用:https://news.yahoo.co.jp/pickup/6470175

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